近年、多くの企業で生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の活用が急速に進んでいます。しかし、特定のベンダーが提供する単一のLLMにシステムを依存させることには、無視できないリスクが伴います。例えば、突然のサーバーダウンによるサービス停止、APIのレート制限(利用回数制限)による機能不全、あるいは予期せぬ料金改定によるコスト増などが挙げられます。さらに、ベンダーごとにAPIの呼び出し形式が異なるため、新しいモデルへの乗り換えや複数のモデルの併用には、都度コードを書き直す手間とコストが発生します。こうした課題を解決し、より安定的かつ効率的にLLMを運用するための技術として今、「モデルルーティング(Model Routing)」が注目を集めています。本記事では、このモデルルーティングの概念と、それを実現する代表的なツールについて、専門家の対談形式で深く掘り下げていきます。岡田:最近、LLMをシステムに組み込む上で、特定のモデルに依存するリスクを回避するための「モデルルーティング」という考え方が出てきていると思います。複数のモデルを状況に応じて使い分けたり、障害時に自動で切り替えたりする仕組みについて、エンジニアの視点から詳しく説明してもらえますか?秋月:はい。現在、OpenAIのGPT、AnthropicのClaude、GoogleのGeminiなど、様々な企業から多様なLLMが提供されています。同じモデルが複数のプロバイダーから提供されるケースも少なくありません。このような状況で、単一のプロバイダーに接続していると、そのサーバーがダウンしたり、レート制限に達したり、あるいは料金的に不利になったりするリスクがあります。モデルルーティングは、こうした問題を緩和するためのコンセプトです。例えば、A社のAPIがレート制限で使えなくなったら、自動的にB社が提供する同じモデルのAPIに処理を切り替える、といったことが可能になります。岡田:なるほど。インターネット回線のルーターや、AWSのロードバランサーのようなイメージに近いですかね。処理を最適なところに割り振る、という。秋月:そのイメージで概ね問題ありません。ロードバランサーのように、リクエストを複数の宛先に振り分けることができます。そして、モデルルーティングにはもう一つ重要な側面があります。それはAPIフォーマットの統一です。例えば、AnthropicのClaudeとOpenAIのGPTでは、APIのリクエスト形式が異なります。そのため、開発者がClaudeからGeminiへモデルを切り替えたいと思った際には、コードの書き直しが必要になります。これが、複数モデルを扱う上での大きな障壁でした。岡田:確かに、モデルごとに作法が違うと、切り替えのたびに開発コストがかかりますね。秋月:その通りです。モデルルーティングを実現するツールは、この問題を解決してくれます。異なるプロバイダーの多様なモデルを、まるでOpenAIのAPIを呼び出すかのような統一された形式で扱えるようにしてくれるのです。これにより、開発者はAPI形式の違いを意識することなく、シームレスにモデルの切り替えや追加を行えるようになります。岡田:そのモデルルーティングを実現する代表的なサービスには、どのようなものがあるのでしょうか?秋月:代表的なものとしては「LiteLLM」や「OpenRouter」が挙げられます。特にOpenRouterは、モデルルーティングの機能が非常に分かりやすいサービスです。例えば、あるモデルがGoogle Vertex、Amazon Bedrock、Anthropicの3社から提供されている場合、OpenRouterはそのどれかがダウンしたら自動的に他の正常なプロバイダーへ処理を振り分ける(フォールバックする)機能を持っています。岡田:まさに安定稼働のための機能ですね。コスト的なメリットはあるのでしょうか?秋月:モデルによっては本家より安価な場合もありますが、基本的にはOpenRouterのサーバーを経由する手数料が上乗せされるため、本家のAPIを直接利用するよりは少し割高になる傾向があります。運営のための利益を確保する必要があるためですね。ただ、その少しのコストで得られる安定性や利便性は大きいと言えます。岡田:OpenRouterの面白い機能は他にありますか?秋月:非常に興味深いのが「ランキング」機能です。プログラミング、マーケティング、ロールプレイといったカテゴリごとに、どのLLMがよく使われているかのシェアを見ることができます。これはユーザーの利用実績に基づいたデータなので、非常に参考になります。岡田:それは面白いですね。例えば、プログラミングの分野ではどういった傾向が見られますか?秋月:プログラミングのカテゴリを見ると、Anthropic社のClaudeモデル、特にClaude 3 Sonnetが圧倒的なシェアを誇っています。複数のClaude 3シリーズを合計すると、全体の約45%のシェアを占めており、まさに一強という状況です。一方で、かつては強かったOpenAI社のモデルは5%程度のシェアに留まっており、この分野ではGoogleのGeminiモデルの方が存在感を示しています。岡田:なるほど。マーケティングの分野ではどうですか?秋月:マーケティングでは様相が変わり、GoogleのGemini 2.0 Flashが最も多く使われています。また、注目すべきは中国のアリババ社が開発した「Qwen」というモデルが上位に入っている点です。これはMeta社のLlamaのようにオープンウェイト(重みが公開されている)なモデルで、非常に精度が高いと評価されています。岡田:利用シーンによって最適なモデルは異なると言われますが、その実態がデータで確認できるのは非常に有益ですね。ただ、GPTやClaudeのような主要で安定しているモデルは、そもそもOpenRouterを介さずに直接使われることが多いから、このランキングには現れにくいという可能性もありそうですね。秋月:その可能性は十分にあると思います。岡田:では、もう一つの代表的なツール「LiteLLM」はどのような特徴があるのでしょうか?秋月:LiteLLMもOpenRouterと同様にリクエストの振り分け機能を持っていますが、そのメインの目的は、先ほど述べた「APIフォーマットの統一」にあります。異なるモデルをすべてOpenAIと同じAPI呼び出し形式で利用できるようにすることが、LiteLLMの原点です。岡田:具体的には、どのような場面で役立つのでしょうか?秋月:例えば、私たちがよく利用している「Dify」のようなローコードAIアプリ開発プラットフォームで新しいモデルを使いたい場合、Difyがそのモデルに正式対応するまで待つ必要があります。しかし、LiteLLMを間に挟むことで、この問題を解決できます。DifyはOpenAI形式のAPIリクエストに対応しているので、LiteLLMにリクエストを送り、LiteLLMがそれを最新のGemini 2.5 Proなどに変換して処理を実行させることができるのです。これにより、Difyの公式対応を待たずに、最新のモデルをいち早く試したり、Difyのモデルリストにないモデルを活用したりすることが可能になります。岡田:なるほど!それは非常に強力ですね。Difyの対応が遅いモデルでも、LiteLLMを中継させることで、実質的に利用可能になるわけだ。つまり、モデルルーティングツールを使うことで、コスト面での最適化は限定的かもしれないけれど、システムの安定性確保や、開発効率の向上、そして最新モデルへの迅速なアクセスといった大きなメリットが得られるということですね。大変よく分かりました。ありがとうございます。その業務課題、AIで解決できるかもしれません「AIエージェントで定型業務を効率化したい」 「社内に眠る膨大なデータをビジネスに活かしたい」このような課題をお持ちではありませんか?私たちは、お客様一人ひとりの状況を丁寧にヒアリングし、本記事でご紹介したような最新のAI技術を活用して、ビジネスを加速させるための最適なご提案をいたします。AI戦略の策定から、具体的なシステム開発・導入、運用サポートまで、一気通貫でお任せください。「何から始めれば良いかわからない」という段階でも全く問題ありません。 まずは貴社の状況を、お気軽にお聞かせください。>> AI開発・コンサルティングの無料相談はこちら【注釈】モデルルーティング (Model Routing): ユーザーからのリクエストを、複数のLLMの中から最適なものに動的に振り分ける技術。コスト、性能、サーバーの稼働状況などを基に、処理を割り振る。LiteLLM: 様々なLLMのAPI呼び出し形式を、OpenAIの形式に統一してくれるオープンソースのライブラリ。これにより、異なるモデルへの切り替えが容易になる。OpenRouter: 多数のLLMへのアクセスを単一のエンドポイントで提供するサービス。モデルの利用状況ランキングや、障害時の自動フォールバック機能などが特徴。Dify: ワークフロー形式でAIアプリケーションを直感的に構築できるローコード・ノーコードプラットフォーム。AWS Bedrock: Amazon Web Servicesが提供する、主要な基盤モデルを単一のAPIで利用できるフルマネージドサービス。フォールバック (Fallback): 主系のシステムに障害が発生した際に、自動的に待機系のシステムに処理を引き継ぐ機能。オープンウェイト (Open-weight): AIモデルの学習済みパラメータ(重み)が、研究や商用利用のために公開されている状態を指す。